【社労士が解説】なぜ今「同一労働同一賃金」なのか?法改正の背景にある課題とは?

大企業は2020年から、中小企業は2021年からスタートする「同一労働同一賃金」。2018年6月に成立した「働き方改革関連法」によって、あらためて国を挙げてこの問題に取り組むことが決まりました。
この記事では、今、なぜ同一労働同一賃金なのか。同一労働同一賃金を通して解決したい日本の課題とは。日本の雇用が抱える問題点について、海外との比較もまじえつつご紹介します。

なぜ今、同一労働同一賃金なのか?法改正の背景

非正規雇用が全体の37.3%

平成29年の労働力調査によると、雇用されて働く人は日本全体で約5460万人。そのうち、正規雇用が約3423万人、非正規雇用が約2036万人にのぼることが明らかにされました。つまり、全体に占める非正規雇用の割合は37.3%。正規雇用者数は横ばいが続いている一方で、非正規雇用者数は、昭和59年と比較して約3倍に伸長しています。

不本意非正規は約14.3%

非正規と一概に呼んでも、その中には扶養内だけで働きたい主婦や、学業と両立しながら働く学生、定年後の嘱託社員なども含まれるわけで、こういったケースの場合、あえて正規ではない働き方を選んでいることが多いです。実際、非正規約2036万人のうち、85%以上はそういった人たちです。一方で、正規で働きたいものの、仕事がないと答える人は、約14.3%。実数にすると、およそ273万人もの人たちが、「不本意非正規」だと言われています。年齢別でみると、不本意非正規の割合がもっとも高いのは25~34歳。ファーストキャリアを構築する大切な年齢にある人たちが、不本意非正規であることが分かります。

正規の賃金は非正規の1.5倍

では、今回メスが入ることになった、正規と非正規の待遇差の現状は、どのくらいなのでしょうか。正規の平均賃金は1937円。右肩上がりで伸び、40歳を超えると2000円を上回ります。一方、非正規フルタイムは1200円前後、パートタイム(短時間同労者)は1000円前後で、年齢を経ても大きく伸びることはありません。フルタイム同士で平均を比較した場合、正規は1937円に対し、非正規は1293円。両者には、約1.5倍の賃金差が生まれています。

(参考/厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/content/000179034.pdf

非正規で賞与があるのはわずか3割

賞与の支給の有無について、正規の場合およそ86.1%支給されているのに対し、非正規の場合は31%にすぎません。また、退職金制度についても正規が80.6%に対し、非正規が9.6%という歴然とした差が生まれています。このように、正規・非正規を比べてみると、さまざまな点で待遇差が生まれているのが現状なのです。

【参考】厚生労働省「個人調査(就業の実態)」

正規・非正規の間には、歴然とした待遇差があり、それを埋める努力を国を挙げてやっていきたいというのが、今回の法改正の趣旨です。同一労働同一賃金という言葉ではありますが、その本質は、非正規の待遇改善によって、正規と非正規間の溝を埋めることだと言えます。

同一労働同一賃金はヨーロッパで先行する取り組み

「同じ仕事をする人には、同じ賃金を支払うべし」

この考えを日本よりも先行して始め、厳しく運用している場所がヨーロッパです。ヨーロッパの場合、男女間の賃金格差を是正するために生まれ、発展してきた制度だと言われています。1919年のベルサイユ条約(第一次世界大戦後の講和条約)で提起された考え方なので、すでに100年もの歴史があり、社会に深く根付いている考え方のひとつだと言えます。

この考え方をルール化したものとして、EU指令の中に、「フルタイム社員とパートタイム社員で同じ仕事をしている場合、両者には同じ時給を支払わねばならない」ことが決められています。働く時間の長短によって賃金に不公平があってはならないとのルールです。

このルールが功を奏してか、以下の図のように、フルタイム社員の賃金を「100」とした場合のパートタイマーの賃金が、ヨーロッパ各国では、およそ「70~80」に達しています。一番低いイタリアでも「66.4」であるのに対し、日本は伸びてはきているものの「59.4」と低い値になっています。この数字は、フルタイムが1万円もらえるところを、パートタイムという理由だけで5940円しかもらえないということを示しています。

パートタイム(短時間)労働者の賃金水準

【参考】労働政策研究・研修機構「データブック国際労働比較2018」

日本が難しいとされる理由

これまで、日本では同一労働同一賃金の導入が難しいとされてきました。よく挙げられる理由が、以下の図(再掲)にもある通り、正規雇用に見られる「年功序列」にあります。

青色の線グラフが40代から50代にかけて右肩上がりに伸びています。これは、能力や成果だけではなく、年齢や勤続年数が、給与の多寡に影響しているからです。

平均賃金

本来、同一労働同一賃金が実現した世の中では、正規雇用の40代だろうと、非正規雇用の20代だろうと、同じ仕事をしている人たちはみな全員が同じ賃金、待遇という状態になっているはず。年功序列を温存したまま、同一労働同一賃金を導入するということは、40代・50代の高い給与に全員を合わせることになるため、人件費がかさむことになります。同一労働同一賃金の法改正を進める議論の中でも、この点に配慮してほしいとの意見が企業側の代表から出たそうです。

日本型雇用慣行の優れた点を残しつつ変革を

年功序列、あるいはメンバーシップ型の雇用慣行が悪いのか、というとそうではないと思います。子どもの教育に出費がかさむ40代・50代において、高い収入を得られることは悪いことではありません。また、勤続年数が長いほど賃金が上がる仕組みは、社員の定着率を高めてきたというメリットもあります。

では、年功序列の良い点を残しながら同一労働同一賃金を実現するためにはどうするか。結局のところ、温存路線で行くのなら、非正規も青い線グラフのように勤続年数に応じて伸びるしくみに変える必要があります。20年以上、働いてくれているパートさんも同じレベルで昇給してもらう制度です。

実際に、厚生労働省が示したガイドラインの中にも、以下のような記載があります。

【基本給であって、労働者の勤続年数に応じて支給するもの】

基本給であって、労働者の勤続年数に応じて支給するものについて、通常の労働者と同一の勤続年数である短時間・有期雇用労働者には、勤続年数に応じた部分につき、通常の労働者と同一の基本給を支給しなければならない。また、勤続年数に一定の相違がある場合においては、その相違に 応じた基本給を支給しなければならない。

ただ、残念なことに、出せる人件費には限りがあります。

限りのある人件費の中で調整をするのなら、正規の賃金の伸び率を下げざるを得ないのではないかと思います。これまで、40代で年収600万円、50代で700万円が一般的だった企業なら、40代で年収500万円、50代で年収600万円に下げていくイメージ。そして浮いた分を、非正規に分配するイメージです。「正規が損をした」という捉えられ方にならないよう、ここはゆるやかに変えていかねばなりません。

正規の賃金の山が低くなってくると、今までのように男性の収入だけだと厳しい家庭も出てきそうなので、そこは女性がカバーしていくことになりそうです。しかし、女性の収入は以前より上がる可能性が高いので、世帯に入る収入はプラスマイナスゼロになるかもしれません。

正規の賃金の伸び率を抑えつつ(青い線グラフの山を低くしつつ)、非正規にも年功要素を入れていく方法ならば、日本型の雇用慣行を極端に傷つけることなく、変革を進められるのではないでしょうか。

まとめ

以上が、同一労働同一賃金の背景にある日本の課題でした。
大きな法改正が重なると、「国が無茶なルールばかりを突き付けてくる」という印象を抱きがちですが、法改正の背景には必ず解決したい課題があります。

今回の場合は、非正規の数が余りに増えすぎたことと、正規と比べた場合の非正規の待遇の低さが問題です。不況が続いた時期に増えた非正規雇用ですが、好景気が続く今、本当に必要なのか、改めて考えてみる時期が来ているのかもしれません。

ライター:林 和歌子
大学卒業後、人材サービス大手で約12年間勤務。主に企業の採用活動に携わる。採用という入口だけではなく、その後の働き方にも領域を広げたいとの思いで独立。現在、採用支援を手がける傍ら、働き方に関するコンテンツなども執筆しています。京都大学文学部卒業(社会学専攻)。2015年、社会保険労務士の資格取得。

2019年02月13日