複数事業場で就労するケースの労災を徹底解説!実務に影響のあるポイントは?

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道半ばの働き方改革ではあるものの、着々と時代に即した法施行がなされています。名実ともに時代に即した形となるにはまだ時間は要するものの複数の法改正があり、その中で、今回は労災保険法の改正にフォーカスします。

副業促進の時代における法改正

コロナ禍により誰もが知る企業であっても生涯に渡って安定を保証し続けることは難しい時代となりました。それは、不確実性の高い世情となったことから、副業により本業の収入補填をすることや契約形態の多様化(例えば正社員に限らずパートや契約社員、派遣労働者の活用)が挙げられます。

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副業に関しては本業先の事業主目線では労働時間が長くなり過重労働が慢性化してしまうこと、労働時間管理の複雑さ、機密情報の漏えいなどの理由から懐疑的な意見が多くを占めていました。しかし、自社で長期的視点に立って経営戦略を考慮するにあたっては、経営の不透明感が際立っているでしょう。そこで、副業を容認することで万が一の際(例えばやむを得ず人員削減)に従業員としても他の就業先へ移ることも容易となります。

複数事業場での事故に対する労災保険の保護の弱さと法改正

しかし、いわゆる複数事業場に勤務する労働者(本業先と副業先)が副業先で事故が発生した場合を考えましょう。その場合、副業先で怪我をした場合、通常副業先だけでなく、本業先でも就業することができない場合も多いでしょう。その場合、労災保険からの収入補填は副業先のみの賃金を元に計算されていました。しかし、2020年9月以降は法改正により副業先と本業先の賃金を合算して休業(補償)給付などに使われる給付基礎日額が決定されることとなりました。

労働者目線では本業先で負傷した場合は基本的には収入の多い本業先の賃金額により給付が決定していたことから生活に与える影響は少なかったでしょう。しかし、副業先で怪我をした場合は、低額の賃金しか受けていなかった場合、生活に与える影響は大きかったと言えます。

労災保険法新たな概念

複数事業労働者と複数業務要因災害という概念が新設されました。複数事業労働者とは、事業主が同一人でない二以上の事業に使用される労働者ということです。複数業務要因災害とは、複数事業労働者の二以上の事業の業務を要因とする負傷、疾病、障害又は死亡とされました。すなわち複数就業先(本業先と副業先)での業務上の負荷を「総合して評価」することにより疾病等との間に因果関係が認められる場合についても、給付が受けられることになります。

例えば本業先のみの時間外労働では脳・心臓疾患の労災認定ができない場合であっても、双方を合算すると脳・心臓疾患の労災認定がなされる場合があるということです。

通勤災害での考え方

前述の業務災害と同様に通勤災害でも改正がなされています。通勤については、労働者が本業先で勤務終了後に副業先で働く場合も増えてきました。本業先で勤務終了後に副業先へ移動する行為は労務提供のために必要不可欠な行為と言わざるを得ません。よって、この区間についても通勤として扱われてきました。しかし、実際の給付額の算定については、終点たる事業場へ労務を提供するための通勤であることから終点たる事業場の保険関係(前述のケースでは副業先)で行うものとされています。しかし、業務災害と同様に副業先が低額の賃金しか受けていない場合、本業先でも労務不能となった場合、労災保険からの給付額が低額となってしまい生活へ与える影響は大きくなります。

そこで、業務災害と同様に通勤災害においても給付基礎日額を合算(本業先及び副業先)して算定することとなりました。

施行日

法律の施行にあたっては経過措置が設けられており、令和2年9月1日以後に発生した負傷などについてのみ、改正後の解釈によります。よって、令和2年8月31日以前に発生した負傷などについては、従来通りの解釈となります。

メリット制の影響

労災保険は各事業場の業務災害の多寡に応じて労災保険料率を上下させる「メリット制」があります。今回の改正ではメリット制への影響はありません。あくまで業務災害が発生した事業場のみがメリット制の影響を受けます。

実務に与える影響

複数事業場の賃金額

就業先が複数ある場合は賃金額などを記載して別紙を提出する必要があります。また、事業場の証明を受けたうえで労災保険の給付を請求する点も重要です。

労災保険の保険給付の申請書はいずれかの労働基準監督署に提出

複数事業場に勤務している場合、業務災害等が発生した事業場を管轄する労働基準監督署に提出することとなります。また、複数の事業場で発生している場合は各事業場を管轄する労働基準監督署のいずれかに提出することとなります。

様式変更に伴う記載事項の追加

旧来の様式では複数の事業場で労務を提供しているかは把握できませんでした。今回の改正により「その他就業先の有無」欄が追加されました。複数の就業先に就業している場合は複数就業先の有無、複数就業先の事業場数、労働保険番号(特別加入)、(特別加入している場合は)特別加入の加入状況等について記載する必要があります。そして、未記入の場合は複数事業労働者とはみなされない点には注意が必要です。

【参考】出典元 厚生労働省(14頁~17頁)
https://www.mhlw.go.jp/content/000662505.pdf

複数事業労働者が業務災害と認定される場合は?

結論としては業務災害としての保険給付と複数業務要因災害としての保険級は同時に請求が可能です。しかし、実際に労災保険から支給される保険給付はいずれか一方であり、業務災害として認定される場合は業務災害が優先されます。

最後に

保険給付額の確認をしましょう。

【本業先Aと副業先Bで就業中の場合】
本業先Aでは月給30万円、副業先Bでは月給15万円、直近3ヶ月間の歴日数は90日とします。

●本業先A
30万円×3ケ月÷90日=10,000円

●副業先B
15万円×3ヶ月÷90日=5,000円

10,000円+5,000円=15,000円
給付基礎日額15,000円

また、給付基礎日額の変更の他に様式が大きく変更されています。これは、複数業務要因災害が新設されたことに伴い「業務災害用」の様式が「業務災害用・複数業務要因災害用」の様式に改正されます。よって、実務的にも複数の事業場で勤務しているか否かを事前に確認しておくことが重要です。今回の法改正はコロナ禍に埋もれてしまい十分に周知されているとは言えません。よって、人事担当者からも十分に法改正の趣旨の説明、手続きに必要な情報の取得は重要です。これらは労使双方の協力関係があって初めて法律が想定する状態となり得ます。

2020年09月28日