2022年10月より、一部の短時間労働者(パート・アルバイトなど)の社会保険加入が義務化されました。従業員数「501人以上」の企業には、すでに適用されている施策ですが、今回、新たに従業員数「500人以下(101人以上)」の企業に対しても、適用されることになりました。そこで本記事では、新たに社会保険への加入が義務化された従業員の要件、従業員に対する加入メリットの説明の仕方などをご紹介します。
2022年10月時点で対応が必要なのは、従業員数「101人以上~500人以下」の企業
まず、最初に押さえておきたいのが、今回の法改正の対象となる企業についてです。
2022年10月時点において、新たに対応が求められるのは、従業員数「101人以上〜500人以下」の企業。ここでいう従業員数とは、「現在の厚生年金保険の適用対象者」を指します。現時点で自社の厚生年金に加入していないパート・アルバイト、あるいは派遣社員、業務委託メンバーなどは含みません。自社で雇用し、かつ厚生年金に加入している従業員の合計数をカウントし、「101人以上/500人以下」なら対象企業となります。(対象企業には、2022年8月までに日本年金機構から通知書類が届けられています)
▲社会保険適用拡大 特設サイト (厚生労働省)より
なお、今年10月時点では対象“外”となる「100人以下」の企業も今後、段階的に本施策の対象となる予定です。すでに決定しているところでは、再来年2024年10月より「51以上~100人以下」の企業にも適用拡大。さらに、まだ検討段階ではありますが、「50人以下」の企業への拡大も計画されているそうです。将来的に企業の規模要件が撤廃されることも十分考えうるので、従業員の規模に関わらず準備を進めておく必要があります。
新たに加入が義務化されるのは「4つの要件をすべて満たす人」
上記の対象企業のうち、新たに社会保険に加入が義務づけられるのは、次の4つの要件をすべて満たす従業員です。
▲社会保険適用拡大 特設サイト (厚生労働省)より
4要件を満たす人の一例をあげるとしたら、「1日6時間・週4日勤務=週合計24時間勤務」で働く、長期雇用のパートタイマーなど。週40時間のフルタイムではなく、労働時間を抑えて働いている方で、社会保険(厚生年金・健康保険)未加入の従業員が今回の対象となります。
上記4要件に合致する対象者で、まだ社会保険に入っていなければ、必ず社会保険に加入をしてもらう必要があります。任意ではなく義務なので、ご本人が加入することを希望していなくても、加入してもらわなければなりません。対応を怠れば、企業に対して罰則が適用される可能性も十分にあります。罰則は次のとおり。決して軽いものではないため注意が必要です。
罰則
移行前の年金・医療保険の種類を確認、保険料負担の増減を把握しておく
4要件を満たす新規加入対象者がいれば、その人が現在、どういう年金・医療保険に入っているのかを確認することをオススメします。日本は国民皆保険制度を採用している国なので、基本的には次の3パターンのいずれかからの移行となるはずです。
移行前の年金・医療保険
年金 | 医療保険 | 従業員の 保険料負担の変化 |
|
①単身者・自営業者の配偶者など | 国民年金 (1号被保険者) |
国民健康保険 (国保) |
おおむね減少 |
②サラリーマン家庭の配偶者(妻)など | 国民年金 (3号被保険者) |
配偶者の健康保険 ※被扶養者 |
おおむね増加 |
③高齢者(60歳以上、定年後再雇用者)など | 非加入 | 国民健康保険 (国保) |
おおむね増加 |
①に分類される人は、現在、国民年金1号被保険者として月額16,590円(2022年度)+国保の保険料(所得などによる)を自分で支払っている人です。
新たに社会保険に加入することで、国民年金と国保の保険料支払いが不要となります。代わりに、厚生年金と会社の健康保険に加入しますが、保険料が労使折半となるので、従業員から見ると保険料の負担が軽くなる場合が大半でしょう。
②に分類される人は、国民年金3号被保険者です。
3号被保険者とは、サラリーマン(2号被保険者)に扶養されている配偶者(大半が妻)が加入できるもので、国民年金の保険料の負担はありません。また、医療保険についても配偶者の被扶養者となっているため、こちらも保険料の負担がありません。保険料負担ゼロで、国民年金+配偶者の健康保険に加入できています。今回新たに自分自身の所得で社会保険に加入することになると、保険料の負担は増加します。
③に分類される人は、国民年金の保険料を払い終えている高齢者です。
国民年金の保険料はゼロですが、国民健康保険の保険料(所得などによる)は自分で支払っています。今回の法改正により、国保から会社の健康保険に切り替え、厚生年金保険料も払うことになります。労使折半ですが、保険料負担の増える方が多いと考えられます。
①に分類される方への説明は比較的容易ですが、②③に分類される方は、給与から天引きされる保険料の額が増えるため、手取り額が減ります。ですから、慎重に説明をする必要があるでしょう。
保険料負担の変化については、以下の厚生労働省が作成している図も参考にしてみてください。
保険料負担の変化
▲社会保険適用拡大 特設サイト (厚生労働省)より
※なおダブルワークをされている方などで、他社で厚生年金・健康保険に加入している方は、今回の法改正による対応は必要ありません。
「年金増額」「傷病手当金」「出産手当金」etc. 新規加入することで得られるメリット
上記のとおり、法改正により会社はもちろん従業員も、保険料負担が増えるケースが多いのですが、一方でメリットもあります。
まず、受領できる年金の増額です。老後や万が一の病気・怪我などで障害を負ったときに受け取れる年金額が増えます。また、ご本人が亡くなった際に、残された遺族の方が受け取る遺族年金額も増額されます。老齢年金だけではなく、障害年金、遺族年金も増額されるため、将来のリスクに備えることができる点は、大きなメリットのひとつでしょう。なお、増額分の目安については(年金額・保険料シミュレーション)に紹介されています。仮に年間給与300万円で5年間加入すれば、老齢年金の額が一生涯にわたって月6,600円程 増える計算です。
2点目が、「傷病手当金」と「出産手当金」を受け取れること。「傷病手当金」とは、被保険者が業務外の病気・怪我で仕事ができない場合に、給与の2/3相当が支給される仕組みです。新型コロナにかかった場合にも申請できるため、万が一の備えになります。実際、コロナ禍でやむなく会社を休み、その間「傷病手当金」を受け取った方も多いのではないでしょうか。
また、「出産手当金」は産休期間中に、同じく給与の2/3相当が支給される仕組み。配偶者の健康保険の被扶養者だと、出産手当金が支給されることはまずないため、出産にかかわる負担を軽減することができます。これから出産を予定している方にとっては、心強い保障となるはずです。
こうしたメリットを伝えながら、納得感を得られるよう説明をします。
これを契機に「パート・アルバイト」から「短時間正社員」への転換も
これまで、社会保険(厚生年金・会社の健康保険)への加入を避けるために、就業日数や就業時間、所得を抑えてきた方も多いと聞きます。配偶者の扶養に入ったほうが、保険料負担が少ないからです。よく「年収〇〇万円の壁」と表現されたりもします。しかし、労働者側には働く意欲があり、企業側には仕事があるにも関わらず、社会保険を理由に働く量が減らされてしまうことは、人材不足が深刻な昨今、望ましいことではないと感じます。
社会保険が理由で仕事量や所得を抑えてきた人にとっては、今回の法改正が働き方を見直すキッカケになるのではないでしょうか。ですから、ご本人の希望を聞きながら、就業時間の延長を図ってみる、あるいはパート・アルバイトから正社員へと転換してもらい、より責任のある仕事を担ってもらってもよいかもしれません。
子育てや介護といった理由から、フルタイムでの就業が難しい場合は、「短時間正社員」として雇用契約を結ぶ方法もあります。「短時間正社員」とは、通常のフルタイム正社員よりも、所定労働時間の短い正社員のことをいいます。たとえば、通常のフルタイム正社員が週40時間勤務のところを、週30時間勤務で働いている人などです。就業時間が短いこと以外は、他の正社員と諸条件は異なりません。一般的には「時短勤務」と呼ばれたりもしています。
短時間正社員
フルタイム正社員と比較して、1週間の所定労働時間が短いものの、期間の定めのない労働契約(無期労働契約)を結び、時間あたりの基本給・賞与・退職金などの算定方法が、同種のフルタイム正社員と同じ人を指す。
「短時間正社員」への転換を図ることで企業が得られる効果
「パート・アルバイト」から「短時間正社員」に転換することで、企業は次のような効果が期待できます。
モチベーションやエンゲージメントを高められる
パート・アルバイトから正社員へと昇格させることで、従業員の仕事に対するモチベーションや会社に対する満足度を高めることができます。
離職率低下により採用・育成コストを抑えることができる
社員とパートタイマーの離職率を比較した場合、パートタイマーの離職率は社員の約2倍という調査結果(※)があります。正社員化することで離職率を下げ、採用・育成に要する時間・コストを抑えることができます。
潜在能力を引き出すことができる
決められたルーティンワークではなく、より判断の求められる責任ある仕事を任せるほうが、力を発揮できる人もいます。そうした人の場合は、潜在能力を引き出せる可能性もあります。
ただし、働き方の理想が多様化している今、すべての人が正社員を目指しているとも限りません。面談などで話し合いをして、本人の希望を確認したうえで「短時間正社員」への転換を提案してみてはどうでしょうか。
労働時間延長や正社員化を行った際に使える「キャリアアップ助成金」
パート・アルバイトなどの短時間労働者の労働時間を延長した場合や、正社員化・処遇改善の取り組みを実施した場合、「キャリアアップ助成金」の対象となります。具体的には、いくつかあるコースのうち、今回は次の2つのコースを使える可能性があります。ぜひ活用を検討してみてください。
キャリアアップ助成金
正社員化コース | 有期雇用労働者等(パート・アルバイトなど)を正規雇用労働者(正社員)に転換又は直接雇用した場合に助成金を得られる |
短時間労働者 労働時間延長コース |
有期雇用労働者等(パート・アルバイトなど)の週所定労働時間を3時間以上延長し、社会保険を適用した場合に助成金を得られる |
さいごに
働く側から見れば、現段階での保険料負担が増えるケースは多いでしょう。しかし、同時に受け取れる年金の額が上がりますし、傷病手当金などの存在は、万が一の際の安心材料となります。また雇う側から見れば、就業日数調整・所得調整を行わずに働いてもらうことができます。年末に繁忙期が重なる小売・飲食・宿泊・観光業界などでは、シフト作成の負担が軽減されるかもしれません。社会全体では、少子高齢化に伴い先行きが不安な年金財政を、安定化させることができます。短時間労働者への社会保険適用拡大は、マイナス面に目が行きがちですがプラス面にも注目し、適切な対応をとっていくことが求められそうです。
本改正の趣旨や制度の詳細、手続き方法などについて、より詳しく知りたい方は顧問社労士にご相談ください。
大学卒業後、人材サービス大手で約12年間勤務。主に企業の採用活動に携わる。採用という入口だけではなく、その後の働き方にも領域を広げたいとの思いで独立。現在、採用支援を手がける傍ら、働き方に関するコンテンツなども執筆しています。京都大学文学部卒業(社会学専攻)。2015年、社会保険労務士の資格取得。